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>インドのアショカ王が送った仏舎利が安置されているお寺です。
北周の武帝以前は阿育王(アショカ王)寺という名前でした。既に1800年以上の歴史を持つお寺です。
唐王朝の8人の帝王は何回も、仏舎利を皇居に迎えて供養し、多くの宝物を法門寺の地下宮殿に賜って奉納していました。1987年に明代に再建された塔を
立て直した際、偶然唐代に封印された地宮が発見され、そこから仏舎利と数々のガラス器、金銀器などの財宝が出土しました。
現在法門寺では、この仏舎利を見学することが出来ます。また隣接する博物館では数々の地宮の出土品や仏舎利が収められていた八重の箱などを見学できます。


唐3代皇帝高宗(李治和)とその皇后で唯一の女帝則天武后の合葬墓です。
唐代18陵と呼ばれる陵墓の中で一番保存状態の良いものです。ここでぜひご覧頂きたいのは、無字碑と首の切られた六十一蕃臣像です。無字碑は
文字通り、何も刻まれていない石碑で、これには自分の功績は後世の人が決めるという説と、自分の功績は言葉で表すことが出来ないという説があります。
六十一蕃臣像は
高宗の葬儀に参加した外国の使節ということですが、なぜ首が切り落とされたかは、様々な説がありよく分かっていないそうです。

中宗の子、高宗と則天武后の孫娘永泰公主の陵墓です。 咸陽では主要な陵墓の一つで、壁画の保存状態は比較的良いです。敷地内にある乾陵博物館には、その他の咸陽の発掘の進んだ陵墓の出土品が展示されています。

「貞観の治」と言われる唐の最盛期時代を作った2代皇帝太宗(李世民)とその皇后の陵墓です。
太宗皇帝の時代の唐は世界でもベスト3に入る繁栄ぶりでしたが、
残念ながら彼らの陵墓は侵食と盗掘によって原形をとどめていません。

唐3代皇帝高宗(李治和)と女帝則天武后の次男李賢の陵墓です。墓内壁画の狩猟出行図や馬毯図が有名です。

渭河北岸の台地上に東西に点々と造営された前漢帝陵のうち、最も西に位置しています。武帝即位の翌年から造営に着手し、 53年の歳月と毎年の税収の3分の1を費やして完成させたと言いいます。

武帝の愛した武将霍去病の陵墓を中心に4000点以上の文化財を展示する博物館です。 必見は天然石を生かした動物の石刻。中国の彫刻の初期作品で、匈奴を踏む馬、臥牛など前漢期の傑作がそろっています。

咸陽は秦の都だったため、秦、漢の文物を中心に展示されています。 展示物は7000点余りあります。

玄宗皇帝に愛された楊貴妃のお墓です。 玄宗皇帝は楊貴妃の従兄の楊国忠に政治を任せきりにし、楊国忠は自らの名声を上げようと躍起になり、社会は乱れました。 そのために安禄山による安史の乱がおこり、玄宗や楊国忠、楊貴妃が長安を逃げ出した際、楊国忠を恨んでいた兵士達は彼を殺し、 さらに兵士達は玄宗に対して楊貴妃を殺害することを要求したため、玄宗はやむなく楊貴妃をこの馬嵬で縊死(首吊り)させました。
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北京-西安 4,160円〜 |
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